書評

変人力と改革力―高橋洋一『さらば財務省!』

(マリン)

 僕が所属しているゼミで、先日「いちおし!コンテンツ」で取り上げた、高橋洋一さんの『さらば財務省!』(講談社、2008年)の読書会をやりました。もう一度しっかり読み直したので、書評を書いてみまーす。
 著者・高橋洋一さんは、元財務官僚で2008年4月から東洋大学経済学部教授に転身しました。官僚時代は、小泉政権の竹中平蔵大臣のブレーンとして活躍した人物です。竹中さんのブレーンを務めたわけですから、高橋さんは当然小さな政府論者であり、上げ潮派【注1】です。
 注目すべきは、高橋さんが財務省出身であるにも関わらず、上げ潮派であるということです。財務省は早期の増税を画策していますから、高橋さんと財務省の立場は真っ向から対立します。また高橋さんは、小泉政権時に財務省の権益となっている政策投資銀行などの政府系金融機関の改革を推進しています。そのため、財務省や財務省寄りの政治家からは、めちゃくちゃ嫌われているようです。本書では、財務省の幹部に「高橋は三回殺しても殺し足りない」と言われたこと、与謝野馨前官房長官が「高橋を抹殺してやる」と発言したらしい、というエピソードが紹介されています。うーん、恐ろしいですねぇ。
 一般的に、官僚は自分が所属する省庁への強い忠誠心を持っているとされており、「日本の官僚は国益よりも省益を追求する」と批判されることもしばしばです。なぜ高橋さんは、こんなにも財務省とぶつかる道を選んだのでしょうか。本書を読み、僕はその理由が高橋さんの出自とキャラクターにあるのでは、という感想を持ちました。
 まずは一つ目の理由である高橋さんの出自を見ていきましょう。高橋さんは、東大理学部数学科出身で、東大法学部卒が大勢を占める霞ヶ関(とくに財務省)では異色の存在。そもそも財務省に入省したのも、就職がほぼ内定していた研究所に運悪くはじかれてしまったのが理由だそう。そんな経緯で財務省に入ったわけですから、財務省に対する強い思いを持てなかったみたいです。また、官僚の世界は東大法学部の天下になっているため、理学部卒の高橋さんは最初から傍流扱いされていたようで、そのことも相当頭に来ていたようです。本書を読む限り、高橋さんはかなり高い数理的なセンスを持っていて、最先端の経済・金融理論を使いこなせる数少ない人間だったようですから、数字に弱い法学部卒の官僚が大きな顔をしているのが気にくわないのは当然ですよね。高橋さんは、霞ヶ関の傍流におかれたことで、霞ヶ関の悪しき慣習やステレオタイプに毒されることなく、改革を推進することができたのではないでしょうか。
 次に二つ目の理由、高橋さんの「変人力」とは何でしょうか。財務省には2年に1人くらいの割合で「変人枠」があり、高橋さんは、「私はその『変人枠』で採用されたようだった」(40ページ)と述べています。さらに続けて、「私は数学科の学生というだけでなく、学生結婚をしていて、私生活でも特異だった」というフレーズがあります。私生活でも特異ってどんなだよ、と思うのですが・・・。実は、僕も一度シンポジウムで高橋さんをお見かけしたことがあって、かなり不思議なオーラを放っていましたのを記憶しておりますー。あらためて考えると、「3回殺しても殺したりない」とか「抹殺してやる」って言われている人って、日本国内にもあんまりいないと思うんですよね。これくらい嫌われるってのは、ちょっと変わったところがないとできないはず。もちろん嫌われているってことは、それほど財務省の権益を削ることができたのを証明するもので、プラスに評価されるべきです!(ナイスフォロー!) 
 さて最後に本書の読み方についてちょっとガイドを。本書は、小泉改革の舞台裏を知る上でかなり有益ですが、この本はあくまで竹中ブレーンの立場で書かれているため、内容はかなり竹中さん寄りです。本書を読むと、高橋さんが小泉改革の司令塔のように見えますが(高橋さんの著者紹介欄には「小泉改革の司令塔」と書いてあります)、あくまで小泉改革の司令塔は小泉さんです。たとえば、小泉さんは、竹中さんや高橋さんとは正反対の意見を持つ、与謝野馨さんを竹中さんの後任として経済財政担当大臣に任命しました。竹中さん、高橋さんにはこの人事を理解できないはずです。小泉さんは、小泉改革を竹中さん・高橋さんよりも上のレイヤーで見渡していたわけで、高橋さんはその小泉の視点には立てません。つまり本書は、竹中ブレーンの視点から小泉改革の一側面を映し出したものにすぎないのです。
 なぜこんな当たり前の指摘をしたかというと、本書では、小泉改革における高橋さんの功績が強調されているため、本書を読むと高橋さんの働きを過大評価してしまい、「高橋が小泉改革を支えたんだ!高橋ばんざい!」ということになりかねないからです。もちろん高橋さんが改革に果たした役割は高く評価されるべきですが、小泉改革は、さまざまな立場から論じられるべきであり、高橋さんや竹中さんとは立場の異なる与謝野さんなどの視点などを含めて総合的に判断しなければなりません。その意味で、小泉改革を理解するというのをテーマにするなら、他の本の方がよいかもしれません。たとえば、清水真人『官邸崩壊』、『経済財政戦記』(どちらも日本経済新聞社)などは、実力派の新聞記者によるルポタージュで、おすすめです。こんな感じで最後は他の本の推薦になってしまいましたが、高橋洋一『さらば財務省!』も、もちろんおすすめですよー。

【注】
(1)増税による財政再建ではなく、経済成長による財政再建を目指す立場。政治家では元自民党幹事長中川秀直氏、学者では竹中平蔵を中心とする「チーム・ポリシーウォッチ」がこの立場をとる。「上げ潮」の由来は、アメリカ・ケネディ政権のライジングタイド政策による。

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